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神戸の路地から
神戸の路地から、政治などについてぼやいたりするブログ
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日だまりのトラ猫 (加島一正)

Author:日だまりのトラ猫 (加島一正)
神戸の下町でちっちゃな塾を営んでいる、団塊じいさん。
どんな子でも自立して社会に出れば、そこそこ幸せな生活ができるような世の中にしたくて、がさごそと動く今日この頃。
心がける合い言葉は、「あきらめず、しなやかにしたたかに。」



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「れいわ新選組」と野党共闘
「れいわ新選組」は本気で野党共闘をするつもりがあるのか、
私にとってそれが今一番の関心事です。

政権を担う政党はそれなりの党名でなければ似合いません。
「山本太郎となかまたち」でも、「生活の党と山本太郎となかまたち」でも、
政権を担う政党名ではありません。
「れいわ新選組」も同じです。
表紙 - コピー
単独で政権を担う覚悟のある、または連合政権の中枢に位置する政党名ではありません。
あくまで一時的な政党名です。

「れいわ新選組」はいつかどこかで他の政党に合流する。
山本太郎氏は他党の誰かさんと組んで政権を獲りに行く。
私はずっとそう思っていました。
ところがこの頃、本当にそうなのか疑問に思うようになっています。

生まれて間もない政党なので多くのことに心配りができない。
メンバー不足で野党とのパイプが築きにくい。
それはよく分かります。
でも、野党との繋がりをどうしていくのか、
単独の小さな政党でまとまるのか、合流や吸収を重ねて大きな党に成長していくのか、
その方向は支持者に伝えていかなければなりません。

私から見ていると、どうも参議院選挙のあとから、
節目節目で孤立する道を選んでしまっているのではないか。
そう思えてなりません。

2019年7月の参議院選挙での山本太郎氏は、
大阪で共産党のエース「辰己こうたろう氏」の応援演説に立ちました。
政策が最も近い共産党との連携は、一番大事です。
さすが山本太郎さんと、私たちは街宣の手伝いに行きました。
また、同時に対立候補の立憲民主党の「亀石倫子氏」の応援にも立ちました。
この辺りは、山本太郎さんの面目躍如というところです。

そして、2020年1月には、
京都市長選で共産党との共同推薦で共闘しました。
結果選挙では敗れてしまいましたが、
共産党との共闘はいい経験になったと思っていました。
ところが、一度しか参加していない私が数回参加した仲間から聞くところ、
どうやら「れいわ新選組」と「共産党」とは、
事務局もボランティアも余り交流がなかったそうです。
正直なところ、折角の機会がもったいないなあと感じてしまいました。

そして、京都市長選の翌月3月、
大阪5区衆議院選挙の予定候補者発表での出来事です。
その時点で関西唯一の「れいわ新選組」候補と、共産党の大物候補が重なり合ってしまいました。
ああ、京都市長選での共産党との共闘は何だったのか。
関西での共産党との交流は、市長選以降何もなかったのか。
私たちは天を仰ぎました。
なぜ関西の目玉候補を、「野党統一候補」にできなかったのか!

大阪には市民と共産党と社民党と一緒になって、
野党共闘のために汗を流した自由党の代表がいました。

2017 1 5 ミナセン渡辺2

そして、元自由党支援者のメンバーは今でも他党との交流を続けています。
残念ながら、それら自由党の活動を「れいわ新選組」は活かせませんでした。

そして、5か月後の都知事選。
もし山本太郎氏が出馬することになれば、
「れいわ新選組」のこれからと、野党共闘と政権交代のためには、
山本太郎氏が野党統一候補になることが一番と思っていました。
つまり、師である小沢一郎氏の提案を素直に受け入れることです。
しかし、それは実現しなかった。
(ここに顛末が)
小池知事再選確実を招いた野党のミス

もしこの統一候補が実現していたら、予想通りの落選だとしても、
野党共闘に於ける「れいわ新選組」の位置は、今と大きく変わっていたと思われます。
野党共闘の顔として山本太郎氏が大きくクローズアップされていたと思われます。
また、他党との協力で選挙戦を闘うという貴重な経験ができたはずです。
今心配されている、内にこもる「れいわ新選組」というイメージから、
外に広がる「れいわ新選組」へとイメージが変わっていたはずです。

小沢一郎氏が総理大臣になる可能性がない今では、
最も総理大臣になって欲しい政治家は、山本太郎氏だと今でも私は思っています。
また「れいわ新選組」にもっと大きい政党になって欲しいと願っています。
そう思うからこそ、野党共闘から離れて孤立を深めてしまいそうな、
節々での選択が心配で仕方ありません。

残念ながら、他党の「れいわ新選組」を見る目はシビアです。
今の「れいわ新選組」の存在は、恐るるに足らずと思われています。
自党の都合だけで衆議院選挙の立候補地域を決めていくので大丈夫でしょうか。
自党のスローガンを高く上げ、他党の政策にプレッシャーを与える作戦は、
もう効かなくなっているように思われます。
他党に怖れられる存在感を保つためには、
正しい理念と強い信念と、幅広い支持者、
そして、柔軟でしたたかで変幻自在の交渉力が必要です。
「れいわ新選組」に、他党と粘り強く話合いができる人が必要ではないでしょうか。

このままでは「れいわ新選組」の支持者の間で、
理念を守ることを第一義として孤立を怖れない支持者と、
政権に入って「れいわ新選組」の理念を少しでも実現させたいと願う支持者とで、
分断されてしまいそうな気がします。

「れいわ新選組」の理念の旗は空高く掲げる。
しかし、地べたでは柔軟に他党と強調できる道を常に探している。
そんな党組織になって欲しいと願うばかりです。

・・・・・・・・・・
■大阪5区 大石あきこ予定候補を応援しています。
大石あきこホーム
2020 9 6 大石あきこホーム



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敗戦記念日に想ったこと
今日は敗戦記念日とされている日です。
日本国民が受けたさまざまな被害が思い起こされ、不戦の誓いを新たにしています。
確かに日本国民が受けた被害は、本当に悲惨なものです。
しかし、私は年々敗戦記念日に違和感を感じ続けています。

あちこちのすずさん
https://www.nhk.or.jp/special/suzusan/

NHK「あちこちのすずさん」です。
日本にいた「あちこちのすずさん」探しです。
確かに、日本は哀しい目に遭った多くの戦争被害者がいます。
でも、それって、日本だけ・・・
外国にもたくさんいたんじゃないのかな。
おまけに、その責任は一体どこの国・・・

日本って、単なる被害国・・・
日本って、どこかの国から一方的に侵略を受けた可哀想な国・・・
それは、違うんじゃないですか。
日本って、先の戦争でよその国を侵略して殺し奪い、激しく抵抗された。
挙げ句、他の侵略国との覇権争いに突入してしまったのではないでしょうか。
加害の結果としての被害、
殺したから殺し返された、罰としての被害と敗北。
これが、先の戦争の事実ではないでしょうか。
なのに何故、
敗戦記念日には被害ばかりが特集されるのでしょう。

*先の大戦による死者(出典: フリー百科事典 ウィキペディアWikipedia )
■日本:(軍人・民間人併せて)262万~312万人
(日本が侵略した国、植民地)
■中国:(軍人・民間人併せて)1000万~2000万人
■朝鮮:(軍人は日本に含む、民間人のみ)38万~48万人
(戦場として巻き込まれた地域)
■フィリピン:(軍人・民間人併せて)56万~106万人
■東インド:(軍人・民間人併せて)300万~400万人
■インドシナ:(軍人・民間人併せて)100万~150万人
*どの地域でも、戦争を仕掛けたのは日本です。

ウキペディアからの引用なので正確な数字かどうかは分かりません。
それでも、戦争を仕掛けた日本と、侵略されたり巻き込まれた国や地域での、
死者数の違いを比較して見るには十分な資料だと思われます。
明らかに、殺された人数より殺したり巻き込んだ人数の方が多いのが分かります。

どこの国の誰の命もかけがえのない大切なものです。
自分たちの被害には敏感でも、他国への加害には鈍感な国。
そんな国には不戦や平和の誓いはできません。
被害者意識だけが先行する国は、心から反省することはできません。

そして、先の戦争への反省の無さが今の歪(いびつ)な日本をつくりました。
反省の意志が希薄な日本は、反省の機会をアメリカに奪われてしまいました。
その結果、日本はアメリカに永続的に占領されたままです。
ある意味、安倍晋三長期政権は、
日本の反省の無さに対する日本への罰です。
日本が国際的に信頼されるまともな国なら、
罰を受けずに逃れた戦争犯罪者を首相にし、
無能で無反省なその孫を日本の顔として受け入れるはずはありません。
中国が日本を相手にしないのは、当たり前の話です。

これからの戦争は大国間の正面戦争などあり得ません。
(但し、指導者が狂人でない限り)
これからは自国の被害が少なく、効果の大きい局地的な戦争が主になります。
加害の意識のない国は、被害が少ない戦争ならやりかねません。
まさに、今のアメリカがそうです。
そして、アメリカ占領下の日本もその一部に組み入れられています。

いまこそ、
先の戦争犯罪者の亡霊に引き回されている安倍自民党政権を打ち倒して、
アメリカからの支配を勇気を持って振りほどかなければいけません。
それで、日本はドイツとともに、世界で一番戦争反対の国になるべきです。

情緒的な敗戦特集で、可哀想な日本と嘆くのではなく、
歯を食いしばってアジアや世界に反省の気持ちを、常に伝えましょう。
そして、覇権国家になろうとしている中国をたしなめる力を持ちましょう。
韓国と友好を深めて北朝鮮とも交流しましょう。
まずは、アジアの中で信頼される国になりたいものです。

敗戦記念日にそんなことを想った、今日この頃です。



「山本太郎」と「なかまたち」と「れいわ新選組」
「れいわ新選組」の混乱はしばらく続きそうです。
大西つねきさん除籍のあと、今度は野原善正さんが離党となりました。
残念ですが、しかたありません。
新しい出発をするためには、まだまだ揺れ動きがあるでしょう。

弱っているとみると、敵はかさにかかって攻撃してきます。
もちろん的確な忠告には耳を傾けなければいけませんが、
陰湿なイジメから、職業としての殲滅作戦など、
あらゆる場所から容赦なく矢が降り注いでいます。
いちいち反応・反撃していたら疲れ果ててしまいます。
山本太郎党首におかれましては、ここはしばらく休憩を取って、
故郷の宝塚温泉にでもつかって心を癒やしていただきたく存じます。
ホント、ちょっと休みましょ。

で、その間、
こちらはしみじみと私たちの歩んで来た道を思い返してみました。
「山本太郎」と「なかまたち」と「れいわ新選組」と、
山本太郎さんを支援する気持ちに揺るぎのない「私」とのことです。

私が「生活の党」の党員であり、山本太郎さんのサポーターだった頃、
2014年「生活の党」と「山本太郎となかまたち」が合流しました。

2015 9 生活&たろうとなかま

もちろん大歓迎で、喜びのブログを書きました。
https://kobebackstreet.blog.fc2.com/blog-date-201412.html

それでも、
「生活の党と山本太郎となかまたち」という、名前の長さには驚きました。
なんぼなんでも「なかまたち」はいらんのとちゃう、正直そう思いました。
今思えば、このときから山本太郎さんと「なかまたち」との絆は、
私たちが思う以上に深かったのでしょう。

そして、2016年10月に党名が「自由党」になり、
「なかまたち」という名前は消えて、やっと短い党名になりました。
私たちは「自由党大阪府連」を立ち上げて、
自由党員としての山本太郎さんと協力関係をより深めることができました。
関西での街宣活動の協力やイベントの開催などで、
現地スタッフとして度々協力してきました。
このときの「なかまたち」の皆さんの献身的な活動に、
私たちは常に敬意を持って見ていました。
「なかまたち」あっての「山本太郎」だと、つくづく感じました。

その後、「自由党」の解党前に山本太郎さんは「自由党」を離党して、
「れいわ新選組」を立ち上げました。
私たち関西の自由党員と支援のボランティアグループは、
小沢一郎代表が合流した「国民民主党」か、
山本太郎代表率いる「れいわ新選組」か、
少なくとも、どちらに重きを置いて支援するかの選択に迫られたのです。

そして、参議院議員選挙を迎えることになります。
私たちは「れいわ新選組」の支援に重きを置くことを決めました。
「れいわ新選組」からの依頼と資金提供を受け、
私たちが所有していた「自由党」の街宣車をピンクの看板に変身させ、
連日関西を各地を走り回ることになりました。
2名の参議院議員誕生に、少しは貢献できたかと思っています。

自由号112020 1 17 街宣車 文字入れ4

参議院議員選挙の後、
私たちは「れいわ新選組」の関西での活動に何らかの役割を果たす覚悟をしていました。
ところが、本部からは、
「地域に支部は作りません。ボランティアグループとしての活動は自由にどうぞ。」
とのメッセージをいただきました。
「支部はつくらない。地方との交流はしない。」そういう方針です。

小沢一郎氏がいた「民主党」の党員時代、私は党首選挙に参加できました。
「生活の党」でも「自由党」でも、権限はあまりなくとも、党員として選挙活動に参加しました。
今は「なかまたち」に入れることなど到底ムリであり、
「れいわ新選組」の一員でもありません。
単なる「れいわ新選組」が好きなボランティアのジイサンです。
その方が気楽で、いいのはいいのですが。

地域と交流のない政党は、人々の声を聞き取ることはできない。
地域に足場のない政党は、決して大きく成長することはない。
このことは私たちの共通認識であり、
私たちが自由党の時代に望んで果たせなかった、一番の課題でした。

それでも気を取り直し、ボランティアグループの交流を呼びかけ、
私たちは兵庫でボランティアの交流グループをつくることができました。
そして、何度かの交流会を開くなかで、一番要望の多かった問題はやはり、
地域支部を何故作らないのかでした。
私はこう答えてました。
「今はできたての党なので地域のことまで考えが及ばない。
 でも、地域の大切さは必ず分かっているはずだ。」

また、幸いにも、
兵庫で次期の衆議院議員選挙への予定候補を持つこともできました。
候補者が居れば支部はできる。
1つの方向が見えました。
ところが、候補者と本部との選挙活動の方針が違ったことで、
兵庫での候補者擁立はなくなってしまいました。
地域組織作りの望みは、万事休すです。

その上、あちこちから、
事務所の連絡の悪さと情報の発信の不足。
地方組織への無関心と戦略の無さ。
カリスマ党首と「なかまたち」の固い護り。
それによって、次々と離れていく事務局員と中心ボランティア。
そんな噂が舞い込んできました。

私は本部内のことは詳しく承知していません。
それでもいくつかの経験から、感じていることがあります。
今の事務局メンバーは街宣活動やポスター活動の取り仕切りや、
単独の選挙活動には優れた能力を発揮してている。
「なかまたち」は献身的で有能な方々です。
しかし、全国的な選挙戦略や他党との交渉など、
幅広い展開には不慣れなのではないか。
また、着実冷静な事務処理にも不慣れなのではないのか。
どうしてもそう思ってしまいます。

山本太郎さんは、「総理大臣になる!」と宣言しました。
私もそのために支援するつもりです。
しかし、それはどういう道筋を描いての構想なのでしょうか。
どういう組織を率いての戦略なのでしょうか。
「山本太郎」と「なかまたち」だけで全てを賄う、
これまでの方針で進み続けるのでしょうか。
それとも「れいわ新選組」に 「なかまたち」以外の人を招き入れ、
もっと幅広い組織にするつもりでしょうか。

確かに、今の「れいわ新選組」には多くの有能な人物を抱える余裕はありません。
それでも、
「山本太郎」がどういう政権奪取構想をしているのかを、
心と頭を癒やした後はなるべく早く、
みんなに伝えて欲しいと願っています。

だって、いまでも、
「山本太郎」さんの前にはこれだけたくさんの人がいて、
「総理大臣になる!」という山本太郎さんの野望を、
実現させたいと思っているのですから。

山本太郎 都議選 後


蓮池透氏講演会のご案内
久しぶりにブログを更新して、
講演会の案内を付けるのを忘れてました。
仲間に怒られます。

れいわ新選組の幹事長にと田中龍作さんが山本太郎さんに推薦した、
その蓮池透さんの講演会です。
いろんな話が聞けると思います。

■日時:8月9日(日)午後2:00~
■場所:大阪PLP会館
■資料代:会員800円、一般1000円
■主催:生活フォーラム関西
■申し込み:info@sfk.lovepop.jp

蓮池さんチラシ(印刷)

「れいわ新選組」に排除は合わない
「れいわ新選組」に排除は合わない。
一カ所がポッカリ空いたこのポスターは、なんとも哀しい。

参院合同ポスター
私にとって1年ぶりのブログ更新です。
この1年間、
私は「れいわ新選組」を応援する関西の2つのグループで、
ブログやFBやtwitterの管理をしていました。
個人的意見はほとんど発信していません。
しかし、今回はひさしぶりに自分の意見を発信したくなりました。

大西つねきさんへの対応は、「除籍」でなく「離党」でよかったんちゃう。
私はそう思います。
大西つねき氏の言いたいことは分からんでもない。
でも「れいわ新選組」には受け入れられないし、
私も決して同調することはありません。
また、もともとあのタイプの人は苦手です。(関係ないか?)

なので、
れいわ「あんたの考えは、うちの政党の基本理念とちょと違うやないか。」
大西 「オレはずっと同じ事を言ってたつもりやけど、そういえば違うかな。」
れいわ「できればれいわの考えに合わせて欲しいけど、今更ムリやろな。」
大西 「うん、それはムリな話や。」
れいわ「ほな、これからいっしょにやるのは難しいわ。」
大西 「しゃあないな、ほな出て行くわ。」
れいわ「じゃあ、離党ということで。」
ふざけた言い方で、真面目に考えろと怒られそうですが、
こんなふうな解決がよかったと思っています。

大西つねき氏の発言が命に関わる問題だったため、
SNS上では、賛否が入り混じりお祭り騒ぎです。
皆さん青筋を立てて必死に討論しています。
ここぞとばかりに攻撃を仕掛けてくる、卑怯な輩もてんこ盛りです。

先日、私の居住県でボランティア交流会を開きました。
そこでも、大西氏の発言と党の対応に対し、怒りが爆発しておりました。
皆さん「れいわ新選組」を強く支持ししてきた想いから、
裏切られたような喪失感で、しばらくは感情的になるのは仕方ありません。
でも、少し気持ちが落ち着いてきたら、
れいわ新選組のこれからを建設的に考えて欲しいと願います。

私は大西つねき氏の発言内容を吟味しようとは思いません。
それは深く関心のある方々にお任せします。
私にとっては、「れいわ新選組」に早く立ち直ってもらって、
みんなが生きやすい社会を作ることの方が大事です。

2019年7月参議院議員選挙、
れいわ新選組は10人の候補者を立てて戦いました。
まともな候補を10人立てるというのがどんなに大変なことか。
自分で選挙に出ようと思い立った人、
必死で候補者擁立に取り組んだ人なら分かるはずです。

できたばかりのお金も人脈もない政党です。
それが短い準備期間の内に、
自民、公明、維新や、野党の候補者と比べても、
遙かに有能で注目すべき人達を擁立することができました。
おそらく、相当困難な仕事であったろうと思います。

しかし、それから1年経ち、
個性的な元候補者達とは、なかなか同じ関係ではいられません。
そして、その内の一人と不調和が生まれてきました。
解決できにくい不調和なので、別れることしか仕方がなかった。
残念なことですが、これはありうる話ではないでしょうか。
ここまで大騒ぎで責められることではないと、私は思うのです。

問題なのは、
大西つねき氏を候補者として擁立したことではなく、
その後の相互交流がなかったことではないかと思います。
「れいわ新選組」の看板を背負って立候補し、
次の選挙にも出馬する可能性もあったはずです。
その重要な人の、その後の言動を把握していなかったのは、
党としての怠慢だとしか言えません。
そこに反省点があるように思います。

私は山本太郎さんをこれからも支援していきます。
今は揺れ動いて、これまでの凛とした存在感はやや薄れましたが、
日本で一番大切にしたい政治家です。
「れいわ新選組」が在る限り、党も支援していきます。

感情的になるのではなく、
この問題が早期に見つけられなかった問題、
この騒ぎを大きくしてしまった原因、
政敵や支持者への対応がまずかった原因。
それを考える方が、大西つねき氏の発言内容云々よりも重要だと思います。
次のブログでは、その事を言いたいと思ってます。

とにかく、「れいわ新選組」に排除は合わない。
いっしょに参議院選挙を戦った仲間の写真を外すのは、止めていただきたい。
こうやって、みんなで並んでいるポスターの方が、
私にとって、よほど気持ちいい。

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