神戸の路地から
神戸の路地から、政治についてぼやいたり叫んだりするブログ
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日だまりの老犬           (加島一正)

Author:日だまりの老犬           (加島一正)
神戸の下町でちっちゃな塾を営んでいる、団塊じいさん。
どんな子でも自立して社会に出れば、そこそこ幸せな生活ができるような世の中にしたくて、がさごそと動く今日この頃。
心がける合い言葉は、「あきらめず、しなやかにしたたかに。」



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日本人の無責任な優しさと鈍感さが、川内原発に火を点けた
川内原子力発電所の原子炉が臨界に達しました。
大多数の日本国民が反対する中を、世界の人が注目する中を、
猛暑の中でも電力が十分に足りているにもかかわらず、
とうとう原発が動き出しました。
「原発ゼロ」は1年11カ月で終わりです。

この頃のテレビは手を変え品を変え、日本という国はこんなに素晴らしい国ですよと、
毎日毎日垂れ流しておりましたが、全ては徒労に終わりました。
日本は反省のできない下等な国であると、世界に発信しました。
フクシマをほったらかしたまま原発再稼働をするなど、マトモナ国ではありません。
狂人・愚人の、狂人・愚人による、狂人・愚人のための原発再稼働です。

金や地位や権力にからんだ原子力マフィアの連中には、
もう人の心は残っていないようですから、いつかは原発を動かすだろうと思っておりました。
ただ、私が気になっていたのは、原発マフィアの上のエライさん達のことではなく、
原発を持ってこられた地域の、現場に住むの巷の人のことです。
深く考えずに原発を受け入れてしまった人たちの、これからのことです。

昼の中途半端なワイドショー番組で、川内原発の稼働が取り上げられていました。
何人かの地元住民の「仕方がない。」というような反応が映っていました。
ほんの少し見ただけで、その番組がこのあとどう進行していったか分かりませんが、
少なくとも住民には、フクシマの人たちと同じように自分たちが味わうかもしれない、
未来への不安や危機感など、そんなに感じていないようでした。
自分たちが受け入れた原発が、他の広い地域の人に大きな迷惑を与えるかもしれない、
そんな責任感も感じていないようでした。

確かに、川内を初め原発を受け入れた地域には、いろいろな事情があるでしょう。
それでも日本には、原発を拒否して受け入れなかった地域がたくさんあります。
原発を受け入れた地域の鈍感さと無責任さは、断固拒否した地域に比べ、
反省すべき点がたくさんあると思われます。

フクシマ原発の事故(事件)からこちら、
日本人の中途半端な優しさや穏やかさや、どうしようもない鈍感さが、
日本の無責任体制を支えているのだとつくづく感じてきました。

フクシマの事故の後、私は不思議に思っていた事があります。
何故、フクシマの現場の地域で糾弾騒動が起きなかったかという事です。
フクシマに原発を迎え入れ、想定内の悲惨な事故に巻き込まれた責任は、
東電と政府と自民党だけにあるのではありません。
当然責任に大小はあるでしょうが、被害者に謝り償いを果たすべき人間は、
各段階にたくさんいたはずだと思います。
それは、地方議員の中、役所の中、地域のなか、職場の中、親戚の中、
また、最も身近な家族の中にいたかも分かりません。

例えば、親分の命令で東電の意向に沿って、地域住民の分断に奔走した地方議員。
無駄なハコモノを建ててもらったり、財政を豊かにしてもらった役所の幹部連。
反対住民を村八分にしたり、保証金をたんまりせしめたりした、地域の有力者。
「原発安全」と書きまくって広告料をせしめた、地方新聞。
従業員に「原発賛成」を強制した、中小企業のワンマン経営者。
原発反対の若者に圧力をかける、親戚のうるさいジイサン・バアサン。
原発設置反対の息子を、頭ごなしに怒鳴りつけた父親。
目立つことをしないでくれと、泣いて頼む無知な母親。

原発設置の話が持ち上がってから、運転開始に至るまでの間、
「原発反対」の人たちは、さまざまな時にさまざまな場面で、
苦しかったり悔しかったりしたことが、たくさんあったでしょう。
そして事故は、
賛成派も反対派も分け隔て無く、公平に被害をもたらしました。

事故が発生した後、被害者の皆さんはこの人達との関係をきちっと精算したのでしょうか。
まさか、加害者である人も、同じように被害者面して隠れてしまったのではないでしょうか。
実際には責任追及があったのかも分かりませんが、少なくとも外からは見えていません。
彼らのような中加害者も小加害者も、責任の大きさに応じてやはり責められるべきでした。
私にはこの事が、
川内原発を易々と動かしてしまった、大きな誘因のような気がしてなりません。

どうも日本人には、謝りもしない人間をも許してしまう悪い癖があります。
70年前の敗戦の時もそうでした。
敗戦後に、アメリカ占領軍からの強い圧力を受けたといえども、
上は天皇から下は家族に至るまで、決して許してはいけない人間を、
罰するどころか戦前と同じ地位を与えてのさばらしてしまったことで、
日本は今だにマトモナ独立国ではなく、本当の民主主義国家でもありません。
最悪の例は、岸信介を罰しなかった事が、今の安倍晋三の独裁政治を生んだ事実です。

原発に関しても、私たちは中途半端な優しさから脱皮して、
国民の反対を無視して、川内原発の稼働に向けてうごめいた人たちを、
決して許すべきないと思います。
謝って償いを果たすまで、地域の人や国民に対して働いた最悪の犯罪を追求するべきです。
親であっても、親戚であっても、地域の知り合いであっても、会社の上司であっても、
罰は与えずとも、罪を許してはいけないと思っています。

人々は、たまたま川内原発やフクシマ原発の近くで生まれたり、関連会社で働いたりして、
たまたま原発賛成に回ってしまったのは、不運だと言うかもしれません。
しかし、人間はちょっとした不運で、過失もないのに命を失うことさえあります。
全てを運・不運のせいにして逃げることはできないはずです。
不運を嘆く前に、自分で謝罪して自分で償いをするべきです。
優しい日本人の事です、間違ったと気づいて謝って償えば、きっと許されるでしょう。

フクシマや先の大戦のように、中途半端な許し合いを続けていけば、
力のある者は決して恐れず反省せず、いつまでもやりたい放題になります。
勇気を持って、小さなところから少しずつけじめを付けていくのが、
民主主義をやり直す一歩なのだろうと、今は思っています。

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[2015/08/14 09:54] | # [ 編集 ]


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