神戸の路地から
神戸の路地から、政治についてぼやいたり叫んだりするブログ
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日だまりの老犬           (加島一正)

Author:日だまりの老犬           (加島一正)
神戸の下町でちっちゃな塾を営んでいる、団塊じいさん。
どんな子でも自立して社会に出れば、そこそこ幸せな生活ができるような世の中にしたくて、がさごそと動く今日この頃。
心がける合い言葉は、「あきらめず、しなやかにしたたかに。」



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何でそんなに鳥越俊太郎氏を叩き続け、三宅洋平氏を嫌うのか
鳥越さんへの個人攻撃を、そんなに続けんでもええのやないですか。
そこまでに三宅洋平さんを嫌わんでも、ええのやないですか。
皆さん、何をそんなにイラだっておられるのですか。

この頃、ツィッターやFB上では激しくてしつこい非難がよく見かけられます。
ネットの世界だけならいいのですが、なんだか世の中全体、
ちょっとヒステリックに怒ってばっかりのような気がします。
どうも、敵さんの作戦にのせられているのではないか、そんな感じがします。

小泉純一郎氏が「仮想敵をぶっ壊そう作戦」を敢行して首相になって以来、
選挙におけるこの対決作戦が、あちこちで展開されるようになりました。
日頃押さえられている人々の怒りの心を、目覚めさせかき立て、怒りの矛先を与え、
自分はそれと戦うヒーローやヒロインになって、人々の心を捉える。
これが選挙における、一つの勝利の方程式になっております。
浪速の対決男、橋下徹氏がこの手法を駆使して大阪府民を煙に巻いて取り込みました。
東京の都知事選挙でも、同じ手法で小池百合子氏が勝利しました。

まず、舛添元知事というお金に卑しい人間を、イケニエに差し出す。
都知事選挙というお祭りを作り上げて、東京が抱える本当の問題を隠してしまう。
都議会という伏魔殿を仮想敵として提供する。
小池百合子氏が「一人で敵と戦う勇気あるオバサン」として、選挙民の心を捉える。
そして、野党連合の自滅もあってまんまと当選する。

その後の都政は、新旧の利権争いか、またはどこで折り合いをつけるかの調整中。
都政に関しては、目立つところだけパフォーマンスでごまかしながら、
都民の生活などこれっぽっちも考えるつもりはありません。
だって、
「アタシ、都民の生活のために知事になったんじゃありませんもの。オホホ・・。」

一方で敵方は、やっかいな野党連合を完膚なきまでつぶしてしまう作戦を、
これを機会にを実行しているのではないかという気がします。
まず民進党に対しては、統率力の無さを見せつけ、他のグループからの信用をなくす。
それでも、この使いやすい存在を野党連合の中心に据えつけておく。
次に、他の野党連合や市民運動グループに対しては、調整役の不足につけ込み、
それぞれの「不寛容さ」を利用して、連携にひび割れを起こしておく。
その次は、かつての候補者やこれからの候補者への個人攻撃を執拗に行い、
野党連合が担ぐ人材を空っぽにしてしまうこと。
最近の状況からみると、敵からのこのような攻撃で揺さぶられ、
野党連合側は腰が据わらずに、フラフラになっている状態かと思います。

なぜ多くの人は、悪意の勝利者を攻撃せずほったらかしたまま、
政治家としては無能かもしれないけれど、善意の敗者をボロクソにけなすのでしょう。
これはやはりひどい話です。おまけに敵の思うツボです。
次も知事候補に立つと言ってる訳でもあるまいし、
もうこの辺で、鳥越さんへの個人攻撃は止めにするべきだと思います。

本当に反省するべき事は、
それほどみんながボロクソに言う鳥越さんを、なぜ対抗馬として担ぎ上げたのか、
今文句を言っている人間にその責任は無いのか、
なぜあのような下手な選挙活動になってしまったのか、
そもそも、本気で勝とうとしていたのか、何か裏は無いのか、
本当に非難されるべきは、個人の資質ではなく他にあるのではないか。
その辺りをきっちりと調査し、天下に公表してみんなで反省すること、
そして、次はどうすればいいかの展望を語り合うこと。
その方が個人イジメよりよほど重要なのではないでしょうか。

さて、話は遠く沖縄に飛んでしまいますが、
三宅洋平さんに対する激しい憎悪にも、なにか違和感を感じます。
なぜそこまで、彼を拒否し嫌う人が多くなったのでしょう。
鳥越さんバッシングに通じる、何か仕組まれたような気配も感じます。
それとも、私たち日本人特有の目立つ者に対する本能的な嫉妬や警戒なのでしょうか。

三宅洋平さんが安倍昭恵さんとが合ったことに関する感想は、
前のブログで著しました。
http://kobebackstreet.blog.fc2.com/blog-date-20160722.html
「このままでは終わらんといてや。」という、
願いを込めた記事のつもりでした。
なので、三宅洋平&安倍昭恵の前回の面会の決着として、
沖縄の高江に行ったことには賛成です。
ただ、この行動に関しては、当事者のいろいろな気持ちがあるでしょうから、
正しい正しくないの判定など部外者にはできないと思っています。

そして、私の三宅洋平さんに対する気持ちとしては、
彼の思いや行動に悪意を感じることはありませんので、嫌うことはありません。
それより、行動力、発想力、表現力には敬意を感じていますので、
山本太郎さんと同じように、仲間でいれたらうれしいと思っております。

何故ひとは、ちょっとのことで嫌いになったり他人を憎んだりするのでしょうか。
三宅さんが安倍昭恵さんと高江へ行ったことで被害を被った人や、
直接不愉快な処遇にあった人など数少ないのではないでしょうか。
ほとんどの皆さんは、自分と考えが違うから、自分の思う行動を取らなかったから、
それで嫌ったり憎んだりしているのではないでしょうか。
また、彼の容貌やパフォーマンスは自分の好みではない、
思想や思いを表現する者は、こうでなければならないなど、
自分の嗜好に合わない者は除外してしまい、新しい形は受け付けない。

そんなにあちこちで、気に入らない事や気に入らない人を見つけては、
怒ったりイライラしていては疲れてしまうと思います。
どうしても許せない特定の人物は別として、
たいていの人間は同意できる所とできない所を持っています。
同意できる点ではいっしょに行動し、同意できない点では協力しない。
それでいいのではないでしょうか。
皆さん、ほんの少し許容量を広げてみてはいかがでしょう。

私はこの秋から、できれば三宅洋平さんと行動を共にしたいと願っています。
三宅さんが微妙な立場に立たされていますので、どう実現できるか分かりませんが、
彼のような想いと才能を持った人は他にはいません。
三宅洋平さんをこれからも大切にしたいと思っています。
そして、許容範囲の広い仲間も増やしたいと思っています。

それにつけても、
暑さのせいもあるでしょうが、日本の皆さんが常にイライラし、
何かあればヒステリックに逆上しそうな現象は困ったものです。
閉塞感のある時代にこそ、あきらめず絶望せず、今の暮らしを楽しむ、
NHK「ととねえちゃん」の「暮しの手帖」の戦後精神で、生きたいものです。
それが、鈍感で楽天的で痴呆予備軍な、私の信条です。


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口先だけの都知事選挙批判では、何の役にも立たない。
東京都知事選の結果が出ました。
鳥越さんを支持し応援した人たちにとって、予想を超えた惨敗でした。
東京から遠く離れた場所に住む私でさえ、とても悔しく思っています。
ただ、鳥越さんには感謝の気持ちでいっぱいです。
お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

その後、都知事選の結果に関する批判が渦巻いています。
驚いたのは、「小池氏はよくやった。それに比べて鳥越氏は・・・。」という、
鳥越氏批判、野党共闘批判、またはサヨク批判が私の周りにも多かったことです。
それも、建設的な意見を提言するのではなく、
「そら見たことか。」という、バカにした批判です。
それでは鳥越さんに対しても失礼です。
普段はおとなしく気の弱い私ですが、少しは言い返したくなりました。

たくさんの方が惨敗の原因も好き放題に分析・指摘をしてくれています。
「鳥越さんは知事に不適格だった。」
「選挙本部の組織がダメだった。」
「訴える政策を間違った。」
「宇都宮さんへの対応がまずかった。」
「スキャンダル対策を間違えた。」など、等・・・・・
いろいろごもっともなご指摘ではあります。

しかし、小池氏が勝って鳥越氏が負けた根本的な理由は、これです。
「東京都民の主権者としてのレベルが、とても低かった。」

小池氏には国民の命や暮らしのために活動したという実績はありません。
常に権力志向で、ヌエのごとく自分中心の政治活動をしてきました。
安倍氏のお友達であり、「日本会議」の重要メンバーであり、原発推進派であり、
利用できるとなれば「幸福の科学」とも仲良くする。
どこを見ても、国民のため都民のためという姿勢は見当たりません。

一方鳥越氏は、間違いなく自分の利益でなく都民のことを思って立候補しました。
戦争へ進む道に反対し、原発にも反対の立場です。
国民の命と暮らしを守るという姿勢は、小池氏より遙かに上です。
例え選挙の上手下手があったとしても、
鳥越氏を選ばずに小池氏を選んだという結果は、私には理解できません。
やはり、都民は主権者としてのレベルが低いというのは、厳然たる事実だと思います。

「都民がバカだ。」、「レベルが低い。」とか言うのは、愚の骨頂である。
今回もそう言って、たくさんの批判が投げつけられました。
ただこれは、人間として「バカ」だとか「レベルが低い」と言っているのではありません。
私生活では優しい両親であったり、親孝行な子であったり、
近所の良心的な店主であったり、尊敬できる職場の上司であったとしても、
主権者という立場で見れば、レベルが低いと言っているだけです。

それを熟知しているのは、小池氏選対本部とそれに協力した自民党です。
そもそも、「考えない主権者」や「ダマしやすい主権者」を育ててきたのは、
エライ役人と彼ら自民党なのですから。
彼らが使う最も有効な作戦は、常に決まっています。
「都合が悪いことは隠す。」、「思っていない事でも、ウソをついて本当の事のようにダマす。」
「できるだけ政策論議に持ち込まず、下品な舞台に引き込んで選挙民の劣情をあおる。」
このために、常にマスコミを飼い慣らしたり、脅かしたりしているのです。

今回も、マスコミは大活躍です。
小池氏の思想背景やお金に関わる不祥事は徹底的に隠し、
小池氏 対 自民党という、まやかしの茶番劇を作り上げ、
スキャンダルで鳥越氏を下品な舞台に引きずり降ろしました。
そして、その作戦がまんまと成功しました。
これから、ご褒美をたんまりいただけることでしょう。

小池氏こそが、都民を程度の低いバカ扱いし、下品な選挙戦に引き入れたのです。
都民をバカ扱いしていると鳥越氏の応援団を非難する暇があったら、
新知事に向かって100倍ほどの大きな声で、「都民をバカにするな!」と言ってみろ。
そう文句を言ってみたくなる、私めでございます。

とは言うものの、確かに今回の知事選での惨敗は、
野党共闘に期待をかける私たちに、大きな反省の機会をもたらしました。
確かに、これから考えていかなければならない課題が山ほどあります。
無責任な批判も批判として、素直に聞き入れたいとは思っております。

ただその前に、終わった後での口先だけの批判に対しては、
おとなしい私も、若干怒りの気持ちを抑えることができません。
少しくらいは言い返したくなりました。

「鳥越さんは知事に不適格だった。」
私はこの批判の意味がよく分かりません。
事実上、鳥越さんと小池氏の二人の内のどちらかしか選べなかったはずです。
ならば、鳥越さんの方が断然都知事に適格です。
誰か他にもっと適格な人がいたというなら、なぜその人が立候補してなかったのでしょう。
なぜ鳥越さんに代わって、その人が小池氏と戦わなかったのでしょう。
批判する人が東京在住の人なら、批判するご本人が立てばよかったのです。
また、自分は立てないけれど、鳥越さんより最適な人がいると思っていたのなら、
何故あなたはその人を立候補させられなかったのか、説明してから批判して下さい。

私たちの代表として選挙で立候補すると言うことは大変なことです。
自分の利益の為ではなく立候補してくれた鳥越さんには、まず敬意を表すべきです。
主権者としての自分の責任を反省しすることなく、
気楽な立場で鳥越さんを批判する人を、私は信用しません。
今回外側から鳥越さんを批判した人は、
次の機会には素晴らしい候補者を見つけ、候補者になってもらうよう説得し、
必ず自分も選挙活動に参加するべし。
批判するなら、その覚悟をもってやれよ。そう言いたくなる私です。

「選挙本部の組織がダメだった。」
この批判もたくさん聞きました。
野党共闘はどうしても、組織が一番大きい民進党が中心になってしまいます。
そして残念ながら、民進党には選挙を仕切る有能な人はほとんどいません。
民進党とどう付き合うかが、これからの一番大きな課題です。
また、市民連合も未熟な組織であり、どこの地域の野党共闘もまだまだ発展途上です。

民進党への悪口や、市民連合への不満は聞き飽きました。
口先のだけの批判は、現場の活動に何の役にも立ちません。
今回批判をした皆さん、あなた方はこれから野党共闘にぜひ参加して下さい。
あなた方の思う活動方法を、どうぞ現場で実現して下さい。
それは、批判した人の責任です。逃げてはいけません。
よどうぞろしくお願いします。

「訴える政策を間違った。」
これは一番の反省点です。
小池氏らは主権者のレベルを熟知していたにもかかわらず、
野党共闘の側は主権者のレベルを過大評価していました。
「改憲反対」や「原発反対」を言えば、都民の心に伝わると思っていました。
でも都民が見ている世界は、自分の身の回りの狭い世界だけでした。
ここは主権者のレベルを冷徹に判断し、生活に密着した政策を訴えるべきでした。
それでも、平気でウソをついてやりたい放題の小池陣営と、
誠実に訴えるしかない鳥越陣営では、大きなハンディがあったのは事実です。

「スキャンダル対策を間違えた。」
週刊文春が卑劣な攻撃を仕掛けてきました。
ジャーナリストなら言論に対しては、言論で対抗するべきだ。
などと、気楽に正論ぶって批判する人がいますが、冗談ではない。
敵の作戦は、鳥越さんを政策論という表舞台から、
スキャンダルという下品な舞台に引き降ろすことが目的だったのです。

鳥越さんが一言でも返せば、喜び勇んで百言ほど返してくるでしょう。
3流週刊誌の最も得意とする、不毛な中傷合戦になります。
言論には言論なんて建前論は、彼らは屁とも思っていません。
ここは、あんな卑劣な作戦を仕掛けてくる自民党を非難するべきであって、
取り合わない作戦をとった鳥越氏を非難するべきではありません。

今回の成功に味をしめて、これからも敵は同じ作戦で攻撃してくることでしょう。
卑劣なマスコミとどう対峙するか、悩ましい課題がまた増えました。
(*因みに、このスキャンダルが事実かどうかなどは私生活の問題であって、
  選挙に関係なく、まして私は全く興味ありません。)

「宇都宮さんへの対応がまずかった。」
これもよく聞きますが、共闘するにはいろいろな問題が起きて当然です。
確かに簡単ではありませんが、それを乗り越えて融和するのが共闘です。
ここは、小沢一郎さんを見習うしかありません。
小沢さんは、自分を足蹴にして追い出した民主党→民進党にも、
でっち上げ裁判の時に、自民党に協力して後ろから撃ってきた共産党にも、
こだわりを捨てて自分の方から共闘を申し入れました。

国民のためなら私憤は捨てる。
これが本物の政治家のすることです。
これができる人でなければ、候補者にはなれません。
こういう候補者をこれから探し出すことが、大事な課題です。

少しぼやいたので、心がちょっと軽くなりました。
とにかく、選挙後のいくつかの批評に接してに驚いたのは、
意外にも小池氏に好意的で鳥越氏に厳しかったことです。
私が接した記事ですから、割合とリベラルな人の記事でもです。

小池氏は「勇気がある。度胸がある。ケンカ上手。」など、
小池氏の選挙戦での闘いぶりがよかったそうです。
ウソをついたりごまかしたりした事への批判は、あまり見つかりませんでした。
また、小池氏の後ろにいるかもしれない、黒い影のような物にも無関心でした。
鳥越氏が負けて小池氏が勝ったことで、私が感じた危機感を、
どうやら他のみなさんはあまり感じていないようです。

本当にあんな人が知事になっていいのでしょうか。
知事になるやいなや、すぐさま手のひら返しが始まりました。
これから小池知事は、投票者の期待外れの政策をドンドン打ち出して来るでしょう。
それでも、小池知事に文句を言うことはできません。
なぜなら、ウソつきだと知ってて投票したことになっているのですから。

「主権者としてのレベルが低い」人間が大勢を占めている限り、
小池氏のような人は都民をバカにして高笑いです。
本当になってほしい人を選べるようになるには、
私たちが「主権者として賢くなる」ことしか、方法はありません。
それには、口先で批判しているより、現場に入って経験して学ぶことです。