神戸の路地から
神戸の路地から、政治についてぼやいたり叫んだりするブログ
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日だまりの老犬           (加島一正)

Author:日だまりの老犬           (加島一正)
神戸の下町でちっちゃな塾を営んでいる、団塊じいさん。
どんな子でも自立して社会に出れば、そこそこ幸せな生活ができるような世の中にしたくて、がさごそと動く今日この頃。
心がける合い言葉は、「あきらめず、しなやかにしたたかに。」



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悪魔は細部に悪法を張り巡らす
悪魔に魂を売った日本の権力者達は、能面のような顔で次々と悪法を作り続ける。
消費税増税法や秘密保護法のような巨悪の法は目につきやすいが、我々の目につきにくい所でも
着々と生活に関わる悪法が準備され、止める術もなく通っていく。

その1つの悪法に、先日出くわした。
私はずいぶん前だが、10数年印刷会社で勤めていた。
お陰で少ないといえど、印刷工業厚生年金基金から年金をもらっている。ありがたいことだ。
その基金から案内が来た。この基金がまもなく解散で、数年後に年金の支給がなくなるという。
なんでも、去年の6月に成立した「年金改正法」により、代行割れのこの基金は解散しなければならないそうだ。
要するに、金回りの悪い基金は、国の負担がもったいないので解散しろということらしい。

いつ国会で上程され、いつ可決されたか全く知らなかった法律が、突然目の前に現れてきた。
これからは細々と暮らす予定の私にとって、わずかな支給停止でも大きな損失だ。
私などより大きな損失を被る印刷関係者が、たくさんいるであろうと想像できる。
もっと想像を広げると、解散に追い込まれる年金基金が、おそらくいろいろな分野で数多あるに違いない。
何も自分たちの年金について怒っているだけではない。我々の世代はまだ優遇されている方だ。
我々の世代に対してこうなら、若者世代に対してはもっと冷酷であろうと思う。

消費税は上がるし、所得税の控除は減るし、年金も削り取られる。
その代わりに、大企業には減税し、残業代も免除の出血大サービスだ。
世界に冠たるトヨタ、日本1の利益を上げるトヨタは、5年間も税金を払っていなかったとか。
これが世界1他の国に金を貸している金持ち国の、真面目に働く国民に対する仕打ちか。

悪法は年金法だけに留まらない。
幼稚な悪魔宰相が「戦争の出来る国造り」に夢中になっている間、お役所の小悪魔達は自分たちの利権を守るため、次々と法律を通してくる。
知らない間に、我々みんなの周りで、いつの間にか新しい法が出上がっていたり、旧法が改悪されていたりするはずだ。
国民が気づいても後戻りが出来ないよう、悪法を蜘蛛の巣のように張り巡らしてがんじがらめにし、抵抗できなくさせようとしているのだ。

いつの日か幼稚な独裁者が去っていっても、自民・公明が政権から転げ落ちても、放っておいたらこの悪法はいつまでも生き延びる。
私たちはそれぞれの生きる場で悪法を見つけ、もがいて暴れてちぎったり、「改正法案」などのハサミでそれを断ち切らなければならないと思う。
悪魔の手先のマスコミは、悪法のありかなど我々には知らせない。悪法を良法だと誤魔化したりする。
まず、私たちはマスコミに頼らない様々な方法で、それぞれ身の周りにある悪法の情報を共有し合い、
様々な道具や手段を使って、これを少しずつ断ち切る努力をしなければならないと思う。

子供たちに、私たちの遺産として「盛りだくさんの悪法」を残すわけにはいかない。


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野次と議会と日本文化
都議会での野次事件をうやむやにされてしまいそうな昨日、今度は国会でも野次が炸裂したそうだ。
出元はまたまた自民党である。
これからは、「自由にみんなで野次る党」という意味で、「自みん野次る党」と命名して差し上げよう。

無邪気に野次るおじさん達を見ていると、まるで未熟な子供のようだ。
うちの塾でさえ、しっかりした小学生なら、他人の嫌がることを言ってはいけないと分かっている。
他人が嫌がることはしないし言わない。自分が反対意見を言いたいなら、相手の話をちゃんと聞いてから、礼儀を持って自分の意見を言う。小学校では、教科の知識だけではなく、こういった人としてのあり方も学んでいる。
おそらく、小学校の学級会で誰かをからかって大声で野次ったら、教師に厳しく叱られるであろう。

長い時間じっとしていて静かに他人の話を聞いていることが、全くできない。
喋りたくなったら、我慢できずにルールを無視して大声でわめく。
自分の言った言葉が他人を傷つけることを分からないか、気にもしていない。
そして、ばれて怒られそうになったら、隠れて知らん振りをする。

国会議員や都議会議員は、小学生以下か!

子供は学びの途中なので、人としての礼儀がまだしっかり身についていない子がいるのは仕方ない。
議員はもう大人だろう。そんなことなど既に学び終わっている、いい年であろう。
その上、一般人よりも人格的に優れているからこそ、選良として議会にいるのではないのか。
議会の中継をたまに目にすると、うるさく野次る声と、気持ちよく眠っている姿によく出会う。
国民や市民の税金から給料をもらっていながら、眠ったり野次を飛ばすなど、政治家として失格だ。

ところが日本人は、こういうことに対して妙に優しい。
他人に厳しくすると、自分にも厳しくあらねばならないという思いからなのか、うやむやにしてすぐに許して忘れてしまう。
これは野球場やサッカー場の野次ではないし、AKB48のコンサートでの絶叫ではないのだ。
このような厳粛な議論の場での妨害行為に対しては、これからは毅然として対処するべきだと思う。

この際、議員本人はどうでもいい。
名前だけはさらして、放っておこう。進退は自分で考えて決めればいい。
それより、問題は議会だ。野次に優しい議会である必要はない。
国会も都議会も、日本の中で最高の議決機関であろう。
ならば、野次への対処にも誇りを持って、小学校の学級会よりも数段厳しくあってしかるべきだ。
野次1回で厳重注意と謝罪命令、2回で退場、繰り返すと永久追放ぐらいにすればよい。
自分たちの尊厳くらい、自分たちで護れなくてどうする。

議員の質がどんどん下がっている今、あんな首相や都知事や議員の質に議会を合わせないでくれ。
もうすぐまともな議員が帰って来るその時に備えて、せめて舞台だけはまともにしておいてくれ。


暴言怪獣、日本の首都 東京都議会にも出没
謝ることを躾けられていない石原ジュニアの居直りで、本音ポロリ問題がまだ収まらない時も時、
我が国の首都、東京都議会でも下品な暴言があったそうな。

18日に、塩村文夏議員が東京都の女性の晩婚化とそれに伴う結婚・妊娠・出産に対する取り組みについて質問中、
「そんなこと言う前に、おまえが早く結婚しないのか!」「子供は産めないのか!」
こんな下品なヤジが飛んできたという。
女性にセクハラの行動や発言を繰り返す人を見ると、我々男の目から見ても気持ちが悪い。
この女性にとっての天敵おじさんは、おそらく家庭でも職場でも嫌われ者だろうと想像できる。

金儲けは一流、政治は三流の日本では、国会にも地方議会にもこんな輩がいるのは不思議ではない。
日本の宿便(下品で済みません)のようなもので、これから時間をかけて克服するべき問題だ。
この議員は都議会議員として失格なので、すぐ辞職してほしい。

ただ気をつけなければいけないことは、ネットなどで辞職を煽り、お祭りにして楽しまないことだ。
腐りかけた民主主義といえども、議員の進退は本人と支持者の責任で決めなければならない。
議員本人が自主的に辞職しない限り、議員としての身分は次の選挙まで保証されるべきだ。
次の選挙でどうなるかは、外部の我々は直接関われない。残念だが、それがルールだ。

しかし、この下品な議員の氏名を調べ公衆にさらすことは必要だ。
同じ程度の人間が集まっている会派では、この議員を庇う腹づもりのようだが、
この会派にはプレッシャーを掛けて差し上げてもいいと思う。
「あんな男を庇うということは、あんさんらも同じ考えでっしゃろな。」
「日本全国の女性を敵に回す覚悟が、出来ておますやろな。」
優しくしつこく、脅かしてあげましょう。

議員の氏名を公表するのは、プライバシーの問題があるだとか、家族がかわいそうだとか、心配される方もあるかと思う。しかし、基本的にこの議員は都から給料をもらっている公務員なので、公務に関しては基本的にプライバシーはない。
それも十分に優遇されている公務員であり、言葉に責任を持つべき政治家なのだ。
自分の発言に対して批判や非難をされたら堂々と受けて立ち、謝罪するなり居直るなり、都民の前に出て来て説明しなければならない。

また、家族の問題はこの議員個人の問題である。
家族が事故にあったり、不祥事を起こしたりしたとき、家族が巻き添えになるのは避けがたいことだ。
その責任を自覚しての職務であり、政治家としての言動のはずである。
この議員が家族を守る事を第一義に思うなら、自分の身を捨てて執るべき手段はいくらでもある。
とにかく、隠れないで出てくることが、議員として一番大事な責任だと心得るべし。

これを機に、地方議会に関して思うことが多い。
それはまた次の機会にぼやきたい。

都議会
                        東京都議会



石原ジュニアの発言は、今の日本を的確に表現しただけのこと
暴言大王の息子、失言王子の石原くんが、また一発かましてくれた。
「最後は金目(かねめ)でしょ。」
さすがに石原くんらしく文法的な間違いはあるけれど、考えてみると、言っている内容に決して間違いはないようだ。
「世の中すべて、お金でしょ。」これは自民党の政治の基本であり、唯一の全ての政策理念である。
公明党も、この自民党の「お金中心主義」を共通の政策の柱として、連立しているのではないのか。
また、多数の国民も「世の中、結局お金やで。」と共感したからこそ、自民・公明の連合軍が圧勝したのではないのか。

今更、アホボンにぽろりと本音を言われたぐらいで、騒いでみてもしょうがない。
石原くんを閣僚から辞めさせろと言う声もあるが、何の意味も効果もない。
代わりに次のアホボンが来るか、お役所や宗教団体から派遣議員が来るかどちらかだ。
なにしろ、トップが阿倍くんなもんで、自民党・公明党の人材に期待するなど無理だ。
無能だと分かった政治家は、よく覚えておいて次の機会に落選させるしか方法はない。

原発で被害を被った人達も、腹立つ気持ちは分かるけれど、そもそも原発を迎えてしまった原因の全ては、石原くんの言う「金の力」であったことは、残念ながら事実だと思う。
ある時期、日本中で原発マネーが暴れ回った。電力会社が日本全国の過疎地を尋ね回って、お金に食いついてくる村を探し回ったのだ。
まず、お金好きの首長と地方の利権屋が食らいつき、その首長やドンが住民を分断し、お金の力で反対をねじ伏せ、嵐の後の静けさの中に原発は危険を抱えてやって来た。

一方、原発マネーをはね返し静かな村を守った地域もたくさんあった。
30カ所以上もあったそうだ。(詳しくは、下記ブログにどうぞ。)

http://kasakoblog.exblog.jp/22118886/

東電も自民党も、常に腹で思っている。
「何のためにあれだけの大金を渡したと思うのか。何かあったときには辛抱しろという意味だ。」
「一端事故があれば、命も土地も歴史も全て破壊される、それが原発を受け入れるということだ。」
つらいけれど、昔は一端この脅迫を受け入れてしまったという事実を前提にしてしか、次へ進めないのではないだろうか。
それでも、理不尽な東電と自民党は許す訳にはいかないという強い思いから、闘いが始まると思う。
マスコミが騒ぐアホボンの発言など完全に無視して、真の相手を引っ張り出して本丸との闘いに備えるべきだと思う。

私は原発を受け入れた地域を、非難するつもりは毛頭無い。同じ境遇であったなら、原発を拒否できる自信などない。ただ、強力な相手と闘うためには、相手を知り自分を知ることが大切だと思った次第だ。
また、これから原発を受け入れようという地域には、「お金と引き替えに、命と土地と歴史と全てを捧げるつもりですか。それでいいのですか」と言いたいだけだ。

そして、苦労知らずのぼんぼん政治家に「最後は金目(かねめ)でしょ。」と言われ、
「ふざけるな。俺たちの生きている世界は、そんな銭金中心の世界ではない。」そう言い返せない、
今の世の中の有り様が残念で残念で、何としなければと思っているだけだ。

無題
  無いと困るし、あり過ぎると怖い、丁度がいいんやけどなあ



黒雲なびく駿河台・・・・・・Oh,No 明治
駿河台に本拠を置く伝統の明治大学が、平和を考える集会への会場提供を突然拒否した。
その集会は、日本ジャーナリスト会議(JCJ)とマスコミ九条の会が十九日に開く平和をテーマにしたもので、拒否した理由は、右翼などの妨害行動に備え「学生の安全を第一に考えた。」ということである。

明治大学は私の母校ではないが、結構好きだった。
父と弟が明治でラグビーをしていたこともあり、ラグビーの早明戦では自分の母校の早稲田より、明治を応援している。
そんなことで、今回の腰抜け対応には大きく失望した。
実は、早稲田も同じようなことを、1998年にやらかしていた。
江沢民・中国国家主席講演会に参加を希望していた学生の名簿を、警察に提出したのである。
慶応は慶応で、あの竹中平蔵を教授に迎えていたりする。

全国で最も有名な私学の雄であるこれらの大学が、揃いも揃ってどうかしているのではないか。
勿論これらの大学の中で、真摯に学問を究め成果を上げている研究室があり、日々学問に励む熱心な学生もたくさんいるだろう。
ならばこそ、今回の大学当局の対応は、明治に学ぶ学生や学者を愚弄するものだ。
明治大学の精神は、「長いものには巻かれろ。臭いものには蓋をしろ。怖いものが来たら隠れていろ。」
そういう事であると、世間に公表してしまったことになる。

「学問の自主・自立」を守れなどと、青臭いことを今更言わなければならないほど、今の大学はすっかり株式会社化しているようだ。
教室にはできるだけ学生を多く集め詰め込み、企業に売れる人材を作り出して売り込む。
研究室では、企業に売り込める成果を挙げた研究室を優遇する。
マンモス大学は、そんな組織になってしまったのかもしれない。
世の中の全ての組織が、いくら稼いでいるかだけの基準で評価され、活動内容が社会にどう貢献しているかなどは二の次なっているこの時代、せめて学問の府だけはと期待しても、今は無理なようだ。

事は大学の問題だけでなく、日本そのもののありようが今は問われているのだと思う。
大きな金を稼いだ者が偉い、上の地位に就いた者が偉い、家柄のいい者が偉い、有名な者が偉い。
この価値基準を見直す必要が迫っており、実はその機運は少しずつ盛り上がってきていると思う。
家柄がよく地位のある代表が、あの阿倍さんであったり、石原2世であったりするのだから、少しずつ気がつく人も増えているだろう。
世界の中の最も金持ち国である日本で、あまりにも貧富の差が出てきてしまった今、何かのきっかけで大きく変わる事ができると、私は楽観的に予測している。できれば、そのきっかけを作りたいと願っている。

因みに、明治大学の校歌の歌い出しは、「白雲なびく駿河台」であり、
歌い終わりは、「正義の鐘を打ちて鳴らさむ、正義の鐘を打ちて鳴らさむ 」である。
校歌に恥じないよう、立ち直ってほしい。

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               明治大学 駿河台キャンパス


日本国憲法 第20条 政教分離
日本国憲法 第20条 政教分離

─────────────────────────────────────────

 1. 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。
   いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

─────────────────────────────────────────
私は毎日、仏壇に般若心経を上げ、清荒神さんの神棚と八百万の神の神棚をお参りする。
どちらかといえば信心深い方だ。でも、日々の決断は神さんに頼らず自分で決める。
私には毎月お参りする寺と神社がある。日々健康に暮らし、何とか塾を営めるのも、神仏の加護のお陰だと思っている。でも、自分が支持する政党や政治家は自分で考えて決める。
まして、集団的自衛権などという重大な問題に賛成するかどうかは、自分で真剣に考える。

尊敬する学者から、「哲学とは、宗教を抜きにして宗教と違う次元から、人間はどう生きるかを考えることだ。」というようなことを聞いた。
政治も同じだと思う。「政治とは、宗教と違う次元から国の有り様を法律で決め、その法律に則って国民の幸福のために、まつりごとを行うことだ。」と思う。

公明党は政党でありながら、重要な問題に関して自分たちの確固たる立場を持っていない。「平和の党」などというお題目は、広告のキャッチコピーであるだけで、性根は入っていない。
いつもなかなか態度をはっきりさせず、上からの指示待ちか、自民党との約束通りに迷っているお芝居をしているだけなのか、結局最後には自民党にすり寄り、国民から離れる。

恐ろしいのは、その態度の豹変に支持者(創価学会員)が怒りを表明しないことだ。間違いなく、彼らには自分で考える習慣がないのだろう。これは実に困ったことだ。
彼らが、建前上では日蓮上人の教え、実質的には池田大作氏の教えに従うのは分かる。それこそが宗教の自由だ。
それが盲信と見えようが、周りがとやかく言う問題ではない。

しかし、公明党に盲信するのはいけない。
宗教によって集まりし者がそのまま政治に横滑りするのは、明らかに憲法20条に反している。
「ひょっとしたら政教分離に抵触しているかどうかの疑いがある事を検討する必要があるかもしれないという事を考えなければならない。」というような、完全に腰の引けた批判ではだめだ。

今の公明党のあり方は、憲法20条違反のど真ん中のストライク・アウトである。
政治とは別の意図で集まった集団の数量パワーは、政治的な圧力団体になってしまう。
それを利用とする悪徳政党に取り込まれたりすれば、日本を壊そうとするパワーになってしまう。
また、自らが政党を作ったりすれば、国民の幸せのためより、教団の利益を優先するのは当然の帰結だ。
そんなことはありませんといくら言い訳をしても、周りの誰も説得できないだろう。

実際の話、いつも大事なところで国民を裏切ってしまうとき、周りからの脅しがあった。
「政教分離を見直すぞ!」「税務署を査察に入れるぞ!」「教祖を証人喚問に呼ぶぞ!」
今回はアメリカから、「カルト教団に認定するぞ!」と言われたそうだと、噂まで流れた。
重大なことで脛に傷を持っている者は、毅然とした政治をできない。

とにかく、今回の「集団的自衛権」容認で、公明党の信頼は地に落ちた。
この件に学んで、教団も党も政教分離の問題にはっきりと決着をつけなければならないと思う。
私の知り合いには、学会員でありいい人もいる。彼らにとって、公明党があろうが無かろうが信心には変わりはないと思う。かえって経済的時間的な負担が少なくなって、助かるのではないか。

日本国憲法第20条に違反してまで政党を持つ必要があるのか、教団は考えるべき時にきていると思う。真摯に、1人1人が他人を頼らず、日蓮上人の教えを尋ねてみたらどうか。

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  我が家も、日蓮上人の教えを継いだ 法華宗の檀家です。 南無妙法蓮華経




阿倍はよろこび庭かけ回り、海江田コタツで丸くなる
2012年までは与党として政権を担っていた民主党の、現党首海江田さん。
2012年までは失意の元首相として野党でくすぶっていた、現首相阿倍さん。
この2人の今の立場と行動は、まるで違ってきてしまいました。

阿倍さんはそれこそ、水を得た魚、人参を与えられた馬、おもちゃの戦車を与えられた軍国少年のように、他人の話は何も聞かず何も説明せず、ただただお外で遊び回り暴れまくっております。
それにひきかえ、海江田さんは民主党の金庫の前に炬燵を置いて、1日1人でうずくまっております。少ないといえども、「生活の党」などと比べると遙かに多くの人数があるのに、金庫には莫大な軍資金が眠っているのに、何も考えず何も動こうとはしない。つくづく不思議な人です。

それにしびれを切らして、民主党内で1番面の皮が厚い前原さんが、蠢き出してきました。
このままでは、間違いなく海江田さんは前原さんに放り出されるでしょう。恥を知らない無頼の徒と、おとなしいことだけが取り柄の中途半端な善人とでは、勝負になりません。海江田さんは、何故自分の運命を悟りながら自分から動こうとしないのでしょう。

民主党はもう自覚して、別居することしか道はありません。アメリカ様のご意向で民主党を分裂させる使命を受けた自民党の補完勢力と、党から出て行く勇気はなかったがリベラルな気持ちが残っている残党と、思想も何も全く無くて組合にくっついて何とか議員をやっていたいという金魚の糞が、このままべたっとくっついているのは異様な光景です。

しかし、今民主党が分かれて他の勢力とリベラルな集団を作っても、すぐには反自公の大きな勢力にはなりません。既得権を守る勢力と、国民の生活を護る勢力では、まだまだ天と地ほどの開きがあるでしょう。それでも、それぞれの旗幟を鮮明にすることが初めの1歩だと思う。
与党なのか野党なのか分からない同じような考えの党が、建前だけ対立しているような茶番劇は、もう飽き飽きした。とにかくみんな、いったん分かれてもう1回くっつき直そう。いったん分かれたら、政治の世界の一寸先は分からない。どっちが勢力を伸ばし、どっちが滅びていくか、誰も分からない。

海江田さん出番ですよ。もう外は暑い。引き籠もりはやめて、炬燵から出て来て下さい。
そして、前原さんに向かって、「うるさい、民主党をぼろぼろにしたのはお前や。お前が出て行け。
菅やら野田やら岡田やら、ややこしいのはみんな連れて出て行け。」
そう言ってくださるだけで結構です。その一言で、あなたは後世で大きな評価を受けることでしょう。

どなたか、海江田さんのスマートフォンの番号知りませんか。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
我が家の紫陽花でさえ、もう咲いてるというのに
我が家の紫陽花


自衛隊で、中学生は何を学ぶのですか?
うちの塾に通う中学2年生は今週、「トライやるウィーク」という職業体験に通っている。
正直な話、受け入れ側は多少迷惑であろうが、こども達にとってはいい体験だと思う。今回の受け入れ先は、保育園・幼稚園・老人ホーム・スーパーなどなじみのご近所ばかりだ。お手数ですが、どうぞこの子達をよろしくお願いします。

ところが先日、ちょっとおかしい「トライやるウィーク」の記事を見つけた。ここ数年「赤旗」を見る機会がなかったので気がつかなかったのだが、去年同じ兵庫県内の明石市で、自衛隊で「トライやるウィーク」を実施したことを共産党が追求したらしい。

http://www.jcp-akashi.org/now/704.html

まず思った。中学生が自衛隊でどんなお仕事を体験できるのだろうか。
そもそも、自衛隊はこども達の目に見えるどんなお仕事をしているのだろうか。
災害救助だというかもしれないが、それでは自衛隊ではなく救助隊と名前を変えなければいけない。
自衛隊の本業は、自衛といえども戦争をすることだ。それが日本以外の、世界の常識だ。
「トライやるウィーク」は、地域の仕事をしている人達の中で、一緒に働くことを経験する場ということだろう。
ならば、明石市立の中学生が、近くとは言え小野市の青野ヶ原駐屯地まで出っ張って職業体験させる理由はいったい何なのか。

はっきり言おう。 こどもに軍事訓練の体験をさせたい。自衛隊に親しみを持たせたい、これが本音だろう。
明石市の教育委員会は、はっきりとその意志を持って決めたのだろう。どの時代にも、どこにも、戦争好きや戦争の実体に鈍感な人間はいる。命令することだけが、効率的な教育だと思い込んでいるものもいる。明石の教育界にそんな指導者いても不思議はない。
国の上の方に、その人達が敬愛する阿倍さんやら石破さんやらがいるので、水を得た魚のように跳ね上がっているのだろう。でも、こういう人には、教育する資格はないと思う。

長く塾を開いてきた経験から、理解できることがある。学校でのこどもの教育や、会社での社員教育で、軍隊のように教育できればどんなに楽だろうかと思う気持ちだ。
いちいち話を聞いていたり個別に細かく指導していたら、手間がかかってしょうがない。「黙って俺の言うとおりにしていろ。」そう言いたい気持ちは分からないではない。
でも、それを教育とは呼べない。それは、訓練または飼育だ。

教育は面倒くさいし、手間も時間もかかる。指導者は常に辛抱しなければならない。だけど、それはしょうがない。人間はそれぞれ個性があって、ひとまとめにはできないのだから。
軍隊の訓練は、命がけの究極の場合を想定した特殊な訓練だ。災害からの避難訓練とか、救護活動の訓練とか、特別な場合はやってもいいかもしれない。
しかし、日常の学校教育や会社の社員教育に、軍隊の訓練方法を取り入れてはいけない。

今年の明石ははどうなっているのか確認はできていないのだが、明石であってもどこであっても自衛隊での「トライやるウィーク」には、絶対反対だ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

(陸上自衛隊ホームページより)
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くっついたり離れたり、腰の定まらない人達
大阪の橋下さんと東京の石原さんとが、「やっぱり、一緒にはやれん。」いう事
で別々の道を行くようになったとか。ちょっと前には、渡辺さんと江田さん
が、お互い「顔も見たくない。」状態になって別れてしまい、渡辺さんは一時
行方知れずになっていたとか。とかく別れ話の多い昨今であります。
これが民主党にも飛び火しまして、海江田さんでは治まりが悪いので、誰かに
変えんとあかんなあと言う声が高まり、ここも常にソワソワと分裂しそうな気
配とか。

もともと政治は数の勝負なので、離合集散があるのはしょうがない。いかに公
約に挙げた政策から離れず、政策を実現するために有効な連合を組めるかが、
政治家のトップの腕の見せ所でもある。
ところが、上に挙げた人達の離合は意味合いが違うようだ。
そもそも、彼らは国民のために政治を志してはいないので、ほとんどの行動は
自分のためにある。自分がトップになりたい、自分の思い通りにして、利益と
自己満足を得たいというのが全ての基本になっているようで、国民の願いとは
関係ないとろろでくっついたり離れたりしている。それが、心ある国民の目から見
ると、政策がぶれて腰が定まっていないように見えるのだ。

ところが、既得権益を護ることしか考えられないマスコミにかかると、それを
何か意味のある動きのように報道されてしまう。所詮は自民党になれなかった
党が、自民党の対抗馬のふりをしながら、応援や補佐をしているだけの話だ。
そのポジションにもいろいろな利権があるのだろう。
国民にとって意味のある離合かそうでないかを判断するには、マスコミの対応
を見ていれば一目瞭然だ。好意的に報道していれば碌でもないもので、悪意の
ある報道をしたり無視するのは、意味のある離合だ。なので、今回のくっつい
たり離れたりは、本当は芸能ネタ扱いが相当だろう。

それにつけても、このワガママ族の分裂騒ぎを見ていると、2012年に起きた
消費税増税反対の立場で民主党から出て行った政治家の行動の、潔さとその
後の苦悩を想う。あれこそが意義ある別離であり、彼らこそが、国民のための
政治連合体の中心であるべき存在だ。つくづくそう思う。

図体だけが大きくなってしまった自民党とは、とても単独では戦えない今、ま
やかしの離合集散に誤魔化されないで、したたかにそれまでも吞み込んでしま
い、消化したり排泄したりして別の集合体に変えてしまわなければならない。
そんな驚異の消化力を持った運動を、これから作らなければならない。
今はまだ、思っているだけの日々。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一本に赤と白の花が咲く「源平桃」 (奈良県五條市) 
   二色の花が一本の木に仲よく美しく咲いている、人の世界もかくあれと
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